長深城

別名-  付近住所 三重県員弁郡東員町大字長深2648 現在 善正寺
2010/1/11 碑・案内板アリ 日本城郭大系


冨永氏  この城は 暦応年間(1338〜41)に京都御所南門の警護を司っていた北朝の臣 冨永筑後守富春が築城そたという 文和2年(1353)富春が没し 子の富継(長正2年没)孫の富輝(大永2年没)とつづき代々南門の警護をしていた 後 富知の代になり織田信長が伊勢地方を平定した時 瀧川一益によって城は焼き払われ 富知は落ちのびて尾張に土着したという ここには 今も土塁の一部と石垣の一部が残っている

    


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